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江波山登山に映画が加えたもの~憧れのお姉ちゃん

※この記事の続きです。周作さんたちが道に迷って江波山に登ったのがどれだけゆかいなことか、地図を見ながら説明する記事です。またすずさんが大人になることをためらう表現についてもふれました。

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映画で拡大されたシーン

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この小さな一コマが映画では大きく引き伸ばされていることは上の記事で述べた。

江波の町中を描くとともに、「すずさんが着物をかぶったまま道案内して近所の人に目撃されてしまう」というコメディを一味足しているという話だ。原作のこのコマだとあくまで「珍奇」に思うのは北條親子だけのところを、膨らませている。

登場回数の多くない江波の町を描く必然でもあるし、ゆかいな味わいが足されていて、見事な改変だと思う。

 

だが、台詞を聞くとさらに付け足しがある。

円太郎さん(周作さんのお父さん)「親切な水兵さんに教えてもらったんじゃが……」(聴き取りは正確でない可能性があります)

この水兵さんとは、水原哲さんだろう。

 

すずさんの幼ななじみ、哲さんは実家に帰省していて、すずさんが求婚者を彼と間違うシーンが直前にある。

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二人は両想いと言っていいだろう。お互いに惹かれあっている。

ここで疑問だ。

 

何故迷った?

映画の北條親子は道に迷ってから哲さん(親切な水兵さん)に道を教えてもらっている。だが原作と同じように迷い迷って遂には江波山に登ってしまう。

なぜか?

1.北條親子はものすごい方向音痴なのでちょっとやそっと教わったぐらいでは目的地にたどり着けないから

2.すずさんに思いを寄せる哲さんは嫉妬の情が芽生え、つい嘘を教えてしまう

 

論を勧める前の前置きだが、どう受け取るのも観た人に委ねられてよい。 *1

 

哲さんから見たすずさん

すずさんと哲さんが両想いだった。だが普段どんな風に言葉を交わしていたのだろうか。

 

小学六年生のときは哲さんがガキ大将のように振る舞っているが…

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哲さんが呉の北條家に来たときには反対に強気になるすずさんが描かれている。

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そして、最後見送るシーンでの台詞。

「小まい頃からあんたを見りゃ怒る癖がついとんじゃもん」

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この台詞は謎めいているが、ここには原作からの裏設定がある。

二人は同い年だがすずさんのほうが早く生まれているので、小さいときは姉貴分として哲さんを従えていた。

成長するにつれ立場が逆転したが、そういう経緯で、すずさんも哲さんに強く出ることがある。

*2

 

これを踏まえると、すずさんの結婚騒動は、哲さんにとっては「憧れのお姉ちゃん」を知らない男に奪われたことになる。

 

映画では原作よりも「すずさんが無理やりお嫁に連れて行かれた」と思っている節が、哲さんにはある。そういう台詞の改変が行われているが次の項で述べる。

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哲さんの想い

 

問いを再掲する。

 

映画の北條親子は道に迷ってから哲さん(親切な水兵さん)に道を教えてもらっている。だが原作と同じように迷い迷って遂には江波山に登ってしまう。

なぜか?

1.北條親子はものすごい方向音痴なのでちょっとやそっと教わったぐらいでは目的地にたどり着けないから

2.すずさんに思いを寄せる哲さんは嫉妬の情が芽生え、つい嘘を教えてしまう

 2について、観客の視点から見ると哲さんがそんなに意地悪かなあとも感じるかもしれないが、今まで語ってきたように憧れの女性を思う青年の勇み足だと思えば自然な感じがするのではないだろうか。

 

それは19年12月につながる。入湯上陸で北條家を訪ねた哲さんは一夜を過ごす。

映画版ではオリジナルの

「無理に嫁に連れてこられて困っとったんと違うのか。ならええ」(聴き取り正確でない可能性があります)

 

という台詞が挿入される。

 

 

このことで哲さん視点でのすずさんの境遇が明確にされている。このへんは原作よりクリアでわかりやすい(それが一回観てわかるか、というとまた別の話だが)。

また、哲さんが呉港からかなり遠い北條家をわざわざ訪ねて来たことの理由づけの補強的な意味もある。

 

 

原作では長い台詞で表現されていた。すずさんへの思いと、軍隊生活で心の平衡を失いかけており「普通」を求めて来たことがあらわされている。

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映画ではそれに加えて「すずさんは望まぬ結婚生活」をしているのではないかという思いが、行動の一因になっている。*3

 

 で、答えはどっちだろうか。

1.北條親子はものすごい方向音痴なのでちょっとやそっと教わったぐらいでは目的地にたどり着けないから

2.すずさんに思いを寄せる哲さんは嫉妬の情が芽生え、つい嘘を教えてしまう

 各人の心の中にあっていい。各人の心の中に……。

 

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 せっかくなので直接訊いてきた。

答えは秘密。

 

おしまい!*4

 

 

 

 

*1:強調しておきたいのだけど、作中で明示されていないものについては、各人が考えてよいと思う。たとえ作り手がそうだと言ったとしても無礼や迷惑でない限りどう楽しんだってよいだろう。たとえばリンさんについて私は勝手に戦後映画女優になって、ちょこちょこ脇役として映画の端々にいると思っている。そう思わない日もある。そう思いたい日もあるということです。

*2:出典がどこかに行ってしまったので捜索中。片渕監督がラジオで1回話されていたことは覚えている

*3:ついでに言うと缶詰を手土産に持ってきていて哲さんなりの気遣いが見える形になっている

*4:「答え合わせはしたくないのですが」と前置きして質問させていただいたところ大変丁寧かつ真摯にお答え頂いたが、細かい質問を極めて早口でしてしまったので誰もレポートに挙げていないのだった…